※本記事は、公式サイト・出版社・ニュースサイトで公開されている情報をもとにまとめています。推測にあたる部分は、その旨を書いています。
『少女革命ウテナ』の「少女革命ウテナ 見る順番」は、実はそれほど複雑ではありません。TVシリーズ全39話を第1話から順に見て、劇場版はそのあと。これでほぼ足ります。むしろ迷うのは、見終わったあとの「あれは何だったのか」のほうです。この記事では順番を先に片付けたうえで、幾原邦彦監督が原案・漫画のさいとうちほさんとの対談で語った制作意図を紹介します。監督は、ウテナが男装している理由を「軽さ、てらいのなさを出したかった」と説明しています。重いテーマの作品として身構えて見ると、かえって外れるかもしれません。
📘 この記事でわかること
- TVシリーズ全39話+劇場版という、迷いようのない視聴順
- 全39話が四部構成になっていること(生徒会編/黒薔薇編/鳳暁生編/黙示録編)
- 幾原監督の「恋愛はなんらかのメタファーになっているのが面白い」という発言
- ウテナの男装は「軽さ」を出すためだった、という監督自身の説明
- 企画の出発点が「キスで変身する子供向けアニメ」だったこと
- 監督が語っていないことと、視聴者の解釈の境目
📈 数字で見る少女革命ウテナ
少女革命ウテナの見る順番
🔑 この3ステップで足ります
- TVシリーズ全39話を第1話から順に見る。四部構成ですが、編ごとに飛ばして見る意味はありません。第1話から通してください。
- 劇場版『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』を見る。TVシリーズの続編でも総集編でもなく、完全新作の長編として作られています。設定も展開もTV版とは違うので、TV版を終えてからが前提です。
- さいとうちほによる漫画版は「別ルート」として扱う。漫画版はTV放送に先行して連載されましたが、原作ではなくコミカライズという位置づけで、「原作ビーパパス」と明記されています。話の展開も設定もTV版と異なります。
つまり「TV版 → 劇場版」の一本道です。漫画版・小説版はそれぞれ別の話として楽しむもので、順番に組み込む必要はありません。
少女革命ウテナの監督が語ったこと
『少女革命ウテナ』は解釈の余地が大きい作品で、ネット上の考察も膨大です。ただ、幾原邦彦監督が作品について語った記録はそれほど多くありません。
まとまった一次情報のひとつが、原案・漫画版を担当したさいとうちほさんとの対談です(TVアニメのキャラクターデザインは長谷川眞也さん。キングレコード BD-BOX特設サイト)。2016年、さいとうさんの画集刊行を記念してコミックナタリーが実施したもので、ウテナの制作現場の話がかなり具体的に出てきます。以下はそこからの引用です。
「恋愛はメタファーであってほしい」——百合が目的ではなかった
この作品は女性同士の関係を中心に置いた作品として語られることが多く、実際「ウテナで百合に目覚めた」という読者は珍しくありません。対談でも、聞き手から「監督は百合がお好きなんですか?」と直接問われています。
監督の答えは、拍子抜けするほどあっさりしたものでした。「そのときはたまたまそういう題材かなと思っただけです」。そのうえで、理由をこう説明しています。
「恋愛を描くための恋愛ドラマというのはあまりやりたい気がしなくて、あくまで恋愛というのはなんらかのメタファーになっているのが面白いのかなと考えたときに、そうなるんですよね」
続けて監督は、男女の話にすると「2人が両思いになったら『めでたしめでたし』で終わってしまう気がして、自分はそれだけではやれない」と述べています。聞き手が「女性同士の関係性を中心に置いた作品になったのは、メタファーを取り入れたかったから」とまとめると、監督は「そうですね」と応じました。
つまり女性同士の関係そのものが目的だったのではなく、物語を「めでたしめでたし」で終わらせないための選択だった、という説明になります。この作品を関係性のジャンル作品として読むと、作り手の意図とはずれる可能性があります。
ウテナの男装は「軽さ」を出すためだった
男装の主人公といえば『リボンの騎士』『ベルサイユのばら』という先例があります。監督はその系譜を意識したうえで、あえて距離を取ったと語っています。
「男性のコスチュームを着ることで男性のステータスを手に入れるということなんだけど、そこでは『家』をどうこうするとか『国』をどうこうするとか、そういう話が展開する」。監督はそれを「90年代にそれをやるのは重いし、楽しくないなと感じた」と振り返りました。
「ウテナは、あくまでも最初に好きになった男性の真似をして男装をしているだけだから。そういう、軽い、てらいのなさを出したかったんです」
この発言はかなり重要です。ウテナの男装を「制度への抵抗」や「ジェンダーの越境」として読む考察は多いのですが、監督自身の説明は「憧れた人の真似」という、もっと素朴なものです。
そして監督は、『美少女戦士セーラームーン』のアニメを手がけた経験が「ウテナ」につながったとも語っています。重さから離れて軽さを出す、という方向はその延長にありました。
「アニメは記号の集積」——制服デザインへの指示
対談では、さいとうさんがウテナのコスチュームをデザインしたときの話も出てきます。監督から何度も「嘘っぽい」と突き返された、という思い出です。さらに「ボタンの位置はバストのトップにしろ」という指示まであったといいます。
その真意を問われた監督の答えが、この作品の演出全体を説明しています。
「アニメっていうのは記号の集積だと思っていて。誰が見てもそこで描かれている記号性が捉えられるように」
監督は「男装をしていても女の子であるというウテナの記号性を強調するために、ウテナのプロポーションがさっとわかるようにしてほしい」という意図だったのだろう、と説明しています。
薔薇、階段、影絵の少女、繰り返される上昇シーン。この作品の画面が徹底して象徴的なのは、「記号の集積」という制作方針の結果だと読めます。個々のモチーフに一対一の正解を探すより、記号として何を強調しているかを見るほうが、作り手の設計に近いのかもしれません。
「ここまで残るものになるとは、思ってなかった」
対談の冒頭、さいとうさんが「ファンの皆さんが『ウテナ』を忘れないでいてくださるおかげで、監督ともこうやってお話できますね」と切り出したのに対して、監督はこう返しています。
「「ウテナ」がここまで残るものになるとは、思ってなかったですよね」
放送から19年後の言葉です。さいとうさん側も、この作品に原案・漫画で関わったことで「仕事に対する姿勢も全然変わりました」と語っています。それまで少女読者だけを想定していたのが、アニメを見る男性にも届けたいという意識が出てきた、と。
作り手のどちらも、この作品が長く読み解かれ続けることを予期していませんでした。
少女革命ウテナの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 少女革命ウテナ |
| 原作 | ビーパパス(be-PaPas) |
| 監督 | 幾原邦彦 |
| 原案・漫画版/キャラクターデザイン | さいとうちほ/長谷川眞也 |
| アニメーション制作 | J.C.STAFF |
| 放送 | 1997年4月2日〜12月24日、テレビ東京系列。全39話 |
| 話数構成 | 第1〜13話 生徒会編/第14〜24話 黒薔薇編/第25〜33話 鳳暁生編/第34〜39話 黙示録編 |
| 劇場版 | 『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』1999年8月14日、東映系で公開。完全新作の長編 |
| 音楽 | 決闘シーンの合唱曲「絶対運命黙示録」などをJ・A・シーザーが担当。寺山修司の「天井桟敷」で音楽を手がけた人物 |
| 受賞 | 第2回アニメーション神戸 テレビ番組の部 作品賞。劇場版は2000年アヌシー国際アニメーション映画祭の長編コンペティション部門にノミネート |
| 漫画版 | さいとうちほによるコミカライズ。TV放送に先行して連載されたが原作ではなく、「原作ビーパパス」と明記されている |
全39話は四部構成になっている
39話を一息に見るのはさすがに長いので、区切りを把握しておくと計画が立てやすくなります。編が変わるたびに、作品の手触りがはっきり変わります。
話数の区切りは作品の構成として明示されています。どこで雰囲気が変わるかを知っておくと、途中で脱落しにくくなります。
| 編 | 話数 | この編で起きること |
|---|---|---|
| 生徒会編 | 第1〜13話 | 天上ウテナが鳳学園で「薔薇の花嫁」姫宮アンシーと出会い、生徒会役員たちとの決闘に巻き込まれる導入部。作品の文法がここで提示されます |
| 黒薔薇編 | 第14〜24話 | 御影草時が心の闇を解放させた「黒薔薇のデュエリスト」が次々と挑んでくる章。1話完結に近い構成で、脇役に光が当たります |
| 鳳暁生編 | 第25〜33話 | 鳳暁生が物語の前面に出てくる章。決闘の意味そのものが変質していきます |
| 黙示録編 | 第34〜39話 | 「世界の果て」と「世界を革命する力」の正体に迫る最終章 |
初見なら生徒会編の13話までを一区切りにするのが現実的です。ここを越えると、黒薔薇編からは登場人物の内面に踏み込む話が増えていきます。
企画の出発点は「キスで変身する子供向けアニメ」だった
完成した作品の前衛性からは想像しにくいのですが、企画は何度も形を変えています。
以下はWikipedia「少女革命ウテナ」の企画の項に記載されている経緯です。監督本人の発言として確認したものではないため、参考情報として扱ってください。
| 時期 | 企画の状態 |
|---|---|
| 1993年 | 話が出はじめる |
| 1994年前後 | 企画開始。最初に形になったのはコアなファン層を狙ったOVA。主人公の名は「ウテナ」、敵は「世界の果て」 |
| さいとうちほへの依頼時点 | 作品名は「少女革命ウテナKiss」。誰かとキスすることで男装の美少女に変身するという、玩具メーカーをスポンサーに想定した子供向けアニメだった |
| 以降 | より一般向けのTVシリーズを志向する方向へ。1997年4月放送開始 |
制作集団ビーパパスの名は「大人になろう」の意で、それまで著作者として表に出ることの少なかったアニメ制作スタッフが原作者の立場に立つことも目的のひとつだったとされます。
この経緯を踏まえると、対談での「軽さ、てらいのなさを出したかった」という言葉が、単なる後付けの説明ではないことが見えてきます。
まだ分かっていないこと(ここから先は推測です)
ここから先は、監督の発言では確認できていない内容です。筆者の読み取りとしてお読みください。
「世界を革命する力」とは結局何だったのか
この作品の最大の論点ですが、監督がこれを一文で定義した一次情報には、本記事の調査範囲でたどり着けませんでした。
対談で監督が語っているのは「恋愛はメタファーであってほしい」という方針であって、何のメタファーなのかまでは言っていません。メタファーの中身は、意図的に開かれたままにされていると筆者は読んでいます。
作品の外に答えを探すより、第39話でウテナが何をして、アンシーが何を選んだかを見直すほうが確実です。
劇場版はTV版の「その後」なのか
劇場版は完全新作として作られており、設定も展開もTV版と異なります。続編とも総集編とも説明されていません。
この関係をどう位置づけるかは、視聴者に委ねられています。筆者は「同じ素材で組み直した別ルート」として見るのがいちばん混乱が少ないと考えていますが、これは解釈です。TV版の答え合わせを劇場版に期待すると、おそらく肩透かしを食らいます。
「重い作品」として身構えるべきか
監督は「軽さ、てらいのなさを出したかった」と語りました。一方でこの作品は、宝塚歌劇と前衛舞台劇を折衷したような演出、繰り返される象徴、哲学的な台詞で知られています。
この2つは矛盾しません。形式は徹底して様式的でも、主人公の動機そのものは素朴という作りだと筆者は読んでいます。ただし監督がそう整理したわけではないので、あくまで一つの見方です。
少なくとも「難解な作品を読み解かなければ」と身構える必要はありません。ウテナは、憧れた人の真似をしている女の子です。
どこで読める?
TVシリーズ全39話と劇場版は、各配信サービスで扱われています。配信先は時期によって変わるため、視聴前に最新の状況を確認してください。
さいとうちほによる漫画版は、TV版とは別の話として読めます。2017年には月刊フラワーズ9月号に、20年ぶりとなる新作読み切り(60ページ)が掲載されました。
よくある質問
少女革命ウテナの見る順番は?
TVシリーズ全39話を第1話から順に見て、そのあとで劇場版『アドゥレセンス黙示録』を見る、という順番です。漫画版・小説版はそれぞれ展開も設定も異なるため、順番に組み込む必要はありません。
劇場版はTVシリーズを見ていなくても大丈夫?
完全新作として作られてはいますが、TV版を前提にした表現が多く、先に劇場版を見ると混乱します。TV版を終えてからにしてください。
全39話はどう区切られている?
第1〜13話が生徒会編、第14〜24話が黒薔薇編、第25〜33話が鳳暁生編、第34〜39話が黙示録編です。初見なら生徒会編の13話までを一区切りにするのが現実的です。
ウテナが男装しているのはなぜ?
幾原邦彦監督は対談で「ウテナは、あくまでも最初に好きになった男性の真似をして男装をしているだけ」「軽い、てらいのなさを出したかった」と説明しています。制度への抵抗として設計されたという説明は、監督の口からは出ていません。
百合作品として見ていい?
監督は「百合がお好きなんですか」と問われて「そのときはたまたまそういう題材かなと思っただけ」と答えています。恋愛を「なんらかのメタファー」として使いたかった結果だと説明しており、関係性そのものが目的だったわけではないようです。
漫画版とアニメ版はどちらが原作?
アニメが先です。漫画版はTV放送に先行して連載されましたが、TVシリーズの制作決定を受けての連載で、原作ではなくコミカライズという位置づけです。作品には「原作ビーパパス」と明記されています。
まとめ
『少女革命ウテナ』の見る順番は「TVシリーズ全39話 → 劇場版」の一本道で、悩む必要はありません。悩ましいのは見終わったあとの解釈のほうです。その手がかりとして、幾原邦彦監督がさいとうちほさんとの対談で語った言葉があります。恋愛は「なんらかのメタファー」であってほしいということ。ウテナの男装は「軽い、てらいのなさを出したかった」ものだということ。そして「アニメっていうのは記号の集積」という演出方針。この作品を難解な思想作品として身構えて見ると、かえって外れるかもしれません。ウテナは、憧れた人の真似をしている女の子です。その素朴さの上に、徹底して様式的な画面が乗っている——そう捉えると、39話が少し見やすくなります。
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出典
- コミックナタリー「海外ロマンス特集 さいとうちほ×幾原邦彦対談」(2016年5月11日)
- 同 3ページ目(コスチュームデザインと「記号の集積」)
- 同 4ページ目(「恋愛はメタファー」「男装は軽さ」)
- Wikipedia「少女革命ウテナ」(放送データ・話数構成・企画の経緯)
引用はすべて出典付きで、範囲を絞って載せています。画像は使っていません。©ビーパパス・さいとうちほ/小学館・少革委員会・テレビ東京
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