※本記事は、公式サイト・出版社・ニュースサイトで公開されている情報をもとにまとめています。推測にあたる部分は、その旨を書いています。
『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』は、身体が入れ替わる話として紹介されることが多い作品です。ところが原作者の中村颯希さんは、はっきりこう述べています——「入れ替わりものというより、悪役令嬢ものに挑戦してみたいというのが始まりです」。入れ替わりは、書きたかったものを成立させるための手段でした。この記事では、原作の中村さん、キャラクター原案のゆき哉さん、コミカライズの尾羊英さんが語った内容から、この作品がどう組み立てられているのかを読み解きます。
📘 この記事でわかること
- 入れ替わりが「目的」ではなく「手段」だった理由
- 五家が4つでも6つでもなく5つである理由
- 作者が中華ドラマから受け取ったもの、そして意識的にずらしたもの
- 慧月というキャラクターに与えられた役割
- コミカライズが原作2冊を4巻に組み替えている理由
- 作り手が語っていないことと、読者の解釈の境目
📈 数字で見るふつつかな悪女ではございますが
なぜ「身体の入れ替わり」から始まるのか
🔑 作者が語った組み立ての順番
- 先にあったのは「悪役令嬢もの」を書きたいという気持ち。中村颯希さんは「本人に非はないのに釈明の余地なしに断罪される窮地から、自分の力で周囲を見返していくシチュエーションが楽しそうだなと」と語っています。
- そのシチュエーションを作る方法として入れ替えた。「定番の『非が無いのに断罪される』シチュエーションを作るにあたって、無実の自分と、相手が入れ替わってしまえばその状況になると考えました」。
- 結果、ジャンルの見え方が変わった。中村さんは「最近、編集さんに『悪役令嬢ものとして書いてたんですか?』と驚かれて『そうですよ!』と返したところです」と明かしています。
以下の引用は、連載5周年を記念してコミックナタリーが行った、中村颯希(原作)・ゆき哉(キャラクター原案)・尾羊英(コミカライズ)の鼎談(2025年12月23日公開)からです。
ふつつかな悪女ではございますがを作った3人が語ったこと
この作品には作り手が3人います。小説を書く中村颯希さん、キャラクター原案と挿絵を担当するゆき哉さん、そしてコミカライズを描く尾羊英さん。
連載5周年にあたって3人が同席した鼎談では、それぞれの役割分担と判断が具体的に語られました。
入れ替わりは、悪役令嬢ものを成立させるための手段だった
取材の冒頭、「女同士の入れ替わりの物語がどう生まれたか」と問われた中村さんの答えは、質問の前提を静かにずらすものでした。
「入れ替わりものというより、悪役令嬢ものに挑戦してみたいというのが始まりです。本人に非はないのに釈明の余地なしに断罪される窮地から、自分の力で周囲を見返していくシチュエーションが楽しそうだなと」
続けて中村さんは、悪役令嬢ものについて「もはや大喜利というくらいにありますね」と述べたうえで、自分なりの解き方を説明します。
「無実の自分と、相手が入れ替わってしまえばその状況になると考えました」。入れ替わりというギミックは、ジャンルの定番を成立させるために選ばれた道具でした。
五家が5つである理由
この作品の舞台「雛宮」には、5つの名家から雛女が集まります。数は偶然ではありません。
「中華後宮といえば派閥や序列がつきものだから、宮ごとに勢力が分かれるようにしました。ただ宮が4つだとほかの作品でもそういった設定があるし、中国の五行にのっとって五家にした形です」
宮中の暮らし、衣装、権力勾配については「中華ドラマをたくさん観てどういったものか掴み、自分なりにアレンジを加え、名前も日本人がわかりやすいものにしています」。
この5という数は絵づくりにも効いていました。ゆき哉さんは「五家があり、それぞれ色が決まっているのでカラーリングもやりやすかったです」と述べています。設定上の区別が、そのまま視覚上の区別になっている構造です。
「いじめた側も何か事情があったのかもしれない」
中村さんは好きな中華ドラマとして「瓔珞~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~」の名を挙げます。下女の立場から下剋上を重ねて登りつめる「強い女」の物語です。
ただし、そこから受け取ったものをそのまま使ってはいません。
「同時に、スカッするけれど、いじめた側も何か事情があったのかもしれない。そこを解決してこそ真の解決だと考えているので、「ふつつかな悪女」を書くときは意識しています」
前段では「イケメンの寵愛を受けて状況が変わるのではなく、倍返しに次ぐ倍返しで圧倒するのが気持ちよくて」とも述べています。
つまりこの作品は、スカッとする快感と、加害側の事情を解くことを、両方やろうとしている。自らの手で玲琳と互いの身体を入れ替えた慧月が、物語の途中で敵ではなくなっていく理由はここにあります。
慧月に与えられた役割は「怒り」だった
玲琳と慧月は対になるヒロインです。中村さんは、この2人の役割分担をかなり明確に説明しています。
「玲琳が喜怒哀楽の楽を担うとしたら、慧月は怒り。ただ、慧月の怒りは大切な人のためというのを意識して書いています。ある種の“正義の怒り”だから、好かれるんじゃないかなと」
前段では「感情をあまり見せず、感情移入が難しい面のある玲琳の代わりに、弱い面もひたむきなところも、すべて見せてくれるのが慧月」とも語っています。
そして「負の感情をストレートに出せるっていうのが、すなわち慧月の魅力ですから。性格の悪い顔をすればするほどかわいい」。特装版の表紙を2種類描いてもらったときは、より嫌な表情をしている慧月を選んだそうです。
コミカライズは「目元だけで見分けられる」ように描かれている
尾羊英さんは、中華後宮という設定上どうしても似てしまう2人のヒロインを、どう描き分けたかを説明しています。理由が実務的で具体的です。
「1日の終わりの疲れているときにも混乱せず、ストレスなく読んでもらいたい。だからまずは目元だけで見分けられるよう、玲琳はやりすぎなくらい瞳の線を描き込み、慧月はシンプルに」
前段の理由づけがこうです。「読者の皆さんは画面をじっくり見るより、やっぱりストーリーが面白いから早く読み進めたいんじゃないかと思うんです」。
身体が入れ替わる話で、しかも似た背格好の2人。読み飛ばしても取り違えない絵を作るというのは、この作品のコミカライズに固有の課題でした。
原作2冊をコミカライズ4巻に組み替えている
小説とコミカライズのどちらから読むべきかを考えるうえで、いちばん実用的な情報がこれです。
「原作だと物語の区切りが2冊ごとについています。コミカライズもそのよさを出せるよう、原作2冊分をコミカライズ4巻分のボリュームに再構成して読み味を保つようにしています」
尾羊さんが挙げる原作の魅力は「テンポのよさ」。だから「早く次が読みたくなるようにすることと、複雑な設定の情報や構成を整理すること」を意識していると述べています。
なお尾羊さんがネームを切り始めたのは小説1巻の制作途中、ゆき哉さんのキャラクター原案がまだ上がっていない段階でした。小説とコミカライズはほぼ同時に走り出しています。
ふつつかな悪女ではございますがの基本情報

| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式タイトル | ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~ |
| 原作 | 中村颯希(小説) |
| キャラクター原案・挿絵 | ゆき哉 |
| コミカライズ | 尾羊英 |
| 出版社 | 一迅社 |
| 連載開始 | 2020年。小説1巻の発売とコミカライズ連載開始は2020年12月28日 |
| コミカライズ掲載誌 | 月刊コミックZERO-SUM(一迅社) |
| あらすじ | 次期妃を育成するため5つの名家から雛女を集めた宮「雛宮」が舞台。“殿下の胡蝶”と呼ばれ愛される黄玲琳が、悪女と呼ばれる嫌われ者の雛女・朱慧月に身体を入れ替えられてしまう |
| TVアニメ | 2026年7月12日放送開始、テレ東系列。監督は山崎みつえ、制作は動画工房、キャラクターデザインは菊池愛 |
| アニメ第2クール | 2027年1月より放送予定 |
| 主題歌 | オープニングテーマはmilet「Sunny」 |
| 主なキャスト | 石見舞菜香、川井田夏海、古川慎、梅原裕一郎、菱川花菜、ニケライ ファラナーゼ、五十嵐麗、茅野愛衣、中原麻衣、水瀬いのり、石川由依ほか |
3人がそれぞれ何を決めているか
小説・イラスト・漫画が並行して動いている作品では、誰が何を決めているのかが見えにくくなります。この作品については、本人たちの説明からかなり具体的に分かります。
5周年鼎談で語られた内容を、役割ごとに整理したものです。
| 担当 | 決めていること | 本人が語ったこと |
|---|---|---|
| 中村颯希(小説) | 世界設定・キャラクター設定・物語 | 設定を細かく作るタイプ。ゆき哉によれば「あらゆる発注書を見てきた自分としては、資料と違う点が出たらダメなはず……と、それもまた緊張しました」 |
| ゆき哉(キャラクター原案・挿絵) | キャラクターの見た目と色 | 「今でも一番プレッシャーを感じる作品です」。依頼時は「なんで私に依頼が来たんだろう」と何度も編集に尋ねたという |
| 尾羊英(コミカライズ) | 漫画としての構成・描き分け・演出 | 「原作があまりに面白いから、同じ読み味を目指したい、私のマンガでこの面白さをプレゼンしたいという気持ちでずっとやってきました」 |
| 3人の関係 | 相互の裁量が広い | ゆき哉「細かい装飾などは調整して大丈夫だとやり取りのある各コミカライズ担当の方にはお伝えしています。少しでも楽に描いてほしいです」 |
| 尭明というキャラクター | 3人がかりで印象を管理している | 中村「私たちで“尭明好感度向上委員会”を発足しましたからね(笑)」。尾羊「最初は尭明が少し憎らしいくらいじゃないと、玲琳から『もう結構でございます』と言われるシーンで読者がスカッとできない」 |
興味深いのは、読者に嫌われる度合いまで設計されているという点です。尭明が序盤で反感を買うのは失敗ではなく、後の場面を効かせるための配置でした。
アニメ化にあたっては中村さんが「作者なのにわからないことが多い」と述べ、「その場面におけるキャラクターの立ってる場所や美術的な質問をされても」ゆき哉さんと尾羊さんがすぐ答えてくれると語っています。
作風がどう変わってきたか
5年続いた作品なので、序盤と現在では狙いが変わっています。ここは推測ではなく、本人たちの言葉として確認できます。
本人たちが「変えた」と述べている部分だけを並べます。
| 時期 | 変化 | 本人の説明 |
|---|---|---|
| 第一幕・第二幕 | 悪役令嬢もののフォーマットどおり | 中村「悪役令嬢のフォーマットにのっとって書いて、主人公の無双っぷりをさわやかに描けたらいいなと思っていました」 |
| 玲琳の描き方 | 常識人から“よき狂い”へ | 中村「第一幕、第二幕の玲琳は常識的なタイプで、狂気に欠けた主人公だと自分では思っていました。でも年月を経て『何かを好きすぎてちょっと変』を出したくなり、今では玲琳の“よき狂い”が濃くなっています」 |
| 現在 | 2人の物語から群像劇へ | 中村「最初の頃は玲琳と慧月が中心で、ほかのキャラクターの物語は注目されなかったかもしれません。でも今なら各キャラクターのエピソードを読者の皆さんが楽しみにしてくださるので、群像劇として見せられるようになってきた」 |
| コミカライズ第三幕 | 軽快さから迫力へ | 尾羊「原作の第一幕、第二幕では軽快な読み味を意識していたのを、第三幕のコミカライズでは少し変え、迫力を感じてもらえる演出にしています」 |
| 最終巻に向けて | 全員に変化を用意する | 中村「最終巻で、キャラクター全員が何かしらの成長を迎えられるように書いています。途中で『嫌な奴だ』と思えても、そのキャラクターなりの変化が必ずある」 |
「途中から面白くなった」と言われる作品ですが、その理由は本人たちが説明しています。フォーマットで始めて、続いたぶんだけ外していった、という順番です。
アニメ化の知らせを聞いたときの中村さんの反応も率直です。「『驚きました!』ってピュアな気持ちで言いたかったんです……けど、本音を言うと『見る目、あるじゃーん!!』みたいな感じでした(笑)」。
まだ分かっていないこと(ここから先は推測です)
ここから先は、作り手の発言では確認できていない内容です。筆者の読み取りとしてお読みください。
この作品を「悪役令嬢もの」と呼ぶべきか
作者本人は悪役令嬢ものとして書いたと明言しています。一方で編集者が「悪役令嬢ものとして書いてたんですか?」と驚いたというエピソードもあります。作り手と受け手でジャンル認識がずれているという、珍しい状態です。
筆者の見立てでは、ずれの原因は「断罪される側」の扱いにあります。多くの悪役令嬢ものでは断罪する側が最後まで敵ですが、この作品は慧月を敵のまま終わらせません。
作者が語った「いじめた側も何か事情があったのかもしれない。そこを解決してこそ真の解決」という方針が、ジャンルの外見を変えてしまった——と読んでいます。ただしこれは解釈です。
小説とコミカライズ、どちらから読むか
尾羊さんは「原作にはコミカライズで描けなかったシーンもあります。コミカライズから入った方も、原作がとにかくいいのでぜひ両方楽しんでいただきたい」と述べています。どちらが上位という言い方はしていません。
判断材料になるのは原作2冊をコミカライズ4巻に組み替えているという事実です。コミカライズのほうが1巻あたりの進みは遅く、そのぶん場面が丁寧になります。
筆者は、テンポを楽しみたいなら小説、キャラクターの表情を追いたいならコミカライズ、とすすめます。ただしこれは好みの問題です。
アニメがどこまで描くか
TVアニメは2026年7月に第1クールが始まり、第2クールは2027年1月からと発表されています。第2クールのメインビジュアルには黄景行、黄景彰、雲嵐という新しい顔ぶれが加わりました。
第2クールでどこまで進むかは発表されていません。原作の区切りが2冊ごとについていることを踏まえると、クール単位でも区切りやすい構造ではあります。
なお中村さんは「絶賛アニメの監修中」と述べ、ゆき哉さんと尾羊さんも監修に入っていることを明かしています。3人の目が通っている、とは言えそうです。
どこで読める?
小説は一迅社から刊行されています。コミカライズは月刊コミックZERO-SUM連載で、こちらも一迅社です。どちらも巻数が増えているため、最新の刊行状況は書店や電子書店で確認してください。
電子版は主要な電子書店で配信されています。小説とコミカライズは別の作品として扱われるので、購入時に取り違えないよう注意してください。
TVアニメはテレ東系列で放送され、各種配信サービスでも配信されています。配信先は時期によって変わるため、視聴前に最新の状況を確認してください。
よくある質問
ふつつかな悪女ではございますがは悪役令嬢もの?
原作者の中村颯希さんは「入れ替わりものというより、悪役令嬢ものに挑戦してみたいというのが始まりです」と明言しています。入れ替わりは、断罪されるシチュエーションを作るための手段でした。
五家が5つなのはなぜ?
中村さんは「宮が4つだとほかの作品でもそういった設定があるし、中国の五行にのっとって五家にした形です」と説明しています。
小説とコミカライズはどちらが先に始まった?
ほぼ同時です。小説1巻の発売とコミカライズ連載開始はどちらも2020年12月28日で、コミカライズのネームは小説1巻の制作途中から始まっていました。
コミカライズは原作のどれくらいのペース?
尾羊英さんは「原作2冊分をコミカライズ4巻分のボリュームに再構成して読み味を保つようにしています」と述べています。
慧月はどういうキャラクターとして書かれている?
中村さんは「玲琳が喜怒哀楽の楽を担うとしたら、慧月は怒り」と説明し、「慧月の怒りは大切な人のためというのを意識して書いています。ある種の“正義の怒り”」と述べています。
アニメの第2クールはいつから?
2027年1月より放送予定と発表されています。第2クールからは黄景行役に中村悠一さん、黄景彰役に土岐隼一さん、雲嵐役に小林千晃さんが加わります。
まとめ
『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』は入れ替わりの物語として語られがちですが、原作者の中村颯希さんによれば出発点は「悪役令嬢ものに挑戦してみたい」でした。非がないのに断罪される状況を作るために、無実の自分と相手を入れ替える——手段として選ばれたギミックが、作品の顔になっています。中村さんは中華ドラマの下剋上ものを好むと語る一方で、「いじめた側も何か事情があったのかもしれない。そこを解決してこそ真の解決」とも述べており、慧月が敵のまま終わらない理由がここにあります。コミカライズの尾羊英さんは、身体が入れ替わっても読者が取り違えないよう「目元だけで見分けられる」描き分けを行い、原作2冊を4巻分に組み替えてテンポを保っています。3人がそれぞれ何を決めているかが、はっきり見える作品です。
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出典
- コミックナタリー「ふつつかな悪女ではございますが」5周年!女性クリエイター3人の鼎談(2025年12月23日)
- 同 2ページ目(慧月の役割・作風の変化・アニメ化への反応)
- コミックナタリー「ふつつかな悪女」第2クールは来年1月より(2026年9月21日)
本記事で使った画像は公式に公開されたものです。出所は各キャプションに、文章の引用元は末尾の出典欄に記載しています。©中村颯希・一迅社/「ふつつかな悪女」製作委員会
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